
蛙化現象(かえるかげんしょう)。「恋人や好きな人のちょっとアレな言動(食べ方が汚い、店員に横柄な態度を取る、学校で制服姿しか見たことなかったけど私服がダサい等)を目にして、急激に気持ちが冷めてしまう」ことを意味する言葉だと思っていたのですが、というか、多くの人がそういう意味で使っていると思うのですが。
もともと心理学的な「蛙化現象」は、「好きだった相手に好意を持たれると、逆に嫌悪感を抱いてしまう現象」のことを指していたらしい。なんと、好意を持つだけでもダメだった(つらい)。最初「蛙化現象」という言葉がひそかにネット上に出現、その後SNSでバズって一般化していく過程で、どんどん使われ方が変容していったみたいです。
そしてさらに「変」なのは「蛙化現象」には「論文がない」こと。つまり、アカデミックな心理学での研究がほとんど皆無に近い。なのにここまで一般社会に浸透してしまっているのは何故なの?みたいな話を、とても面白おかしく、分かりやすく紐解こうとしてくれる本でした!
私たちの脳は、世界をありのままに認識することができない。
毎日の生活でなだれ込んでくる膨大な情報をすべて正確に処理しようとすると脳がパンクしてしまうから、状況を手っ取り早く理解するため、あらゆる物事を「カテゴリー化」して処理するという省エネ戦略をとっているらしい。だから人間の認知は、思ってるよりズボラで、隙だらけ、あいまい、不完全。
「蛙化現象」で急に相手への気持ちが冷めてしまうその瞬間、(ちゃんと心理学で研究されている訳ではないから筆者の仮説として)それまで脳で処理されていた「相手の理想のイメージ=カテゴリー」が、現実でのささいな言動によって一気に書き換えを迫られ、脳の認知システムがついていけず処理に難航してバグを起こす。
そこで生じる「なんかよくわからないけどめっちゃ不快」な感じを、特に学生などの若年層は感情を区別するための語彙や言語化経験が少ないために、とりあえずそこにあった「蛙化」という便利な言葉でまとめて処理しておく、みたいなことが起こりやすいのではないかという仮説。
「アカデミックな心理学」には当然、筆者のような研究者が存在していて、それはもうじっくりと実証を重ねる学問。研究結果を説明する場面では「こういう条件ではこうなるからまだそこまでは言い切れなくて…」「実はそこはもっと複雑で…」と、どうしても正確さや厳密さを踏み外すことができず、話が長くなる。これを筆者は「研究者のいけねえ癖」だと述べている。
一方で「バズる」言説はむしろ逆。
「人の心理とはこういうものだ」「こうすれば、人は必ずこうなる」と「言い切る」。こういう単純な言説は脳がとっても処理しやすいし、あいまいな感情や日常のモヤモヤを分かりやすく「命名」してもらえるのは安心できて気持ちがいい。そしてその名前がちょっとカッコいいと「無駄に言いたくなる」。だからバズりやすい。
こういう認知の仕組み的な話は特に、なるほどな〜と面白く読めました。そもそもこの筆者の方、本当に研究者の方なのかと疑いたくなるほど文章が面白い…ちょいちょい、いや、かなりの頻度で自虐が効いたボケを挟んできてニヤニヤしてしまう。エッセイとかコラムとかたくさん書いていてほしい。
この「変な心理学」を読む前にもう1冊、伊藤計劃の小説「虐殺器官」を読了していました。SF小説ファンの間でかなり人気が高い作品ですが、私はこれまでほとんどSF小説に触れてこない人生で、でも最近機会があったので読んでみた。

私がこの小説で面白いと思ったのは、物語の設定や戦闘ガジェットのカッコよさなどSF的な要素よりもむしろ、登場人物の「世界認識」の独特さ、でした。
主人公は「世界を『ことば』によって認識している」ことについて、何度も思考を巡らせる。
――「『ことば』が持つ力が好きだった。ことばが人を変化させるのが、不気味で面白くてしょうがなかった」「国家も民族も共同体も『ことば』としか思えなかった」
「ことば」が世界そのものになり得るかどうかは不明ですが、少なくとも私が「変な心理学」で感じた面白さとはリンクしてた気がする。ネタバレ?すると「虐殺器官」に登場する最恐の兵器は「ことば」だ。ある特定の言語のパターン=「虐殺の文法」を伝染させた地域(言語圏)で、必ず大量殺戮が発生してしまうという。
「バズる(大衆的な)心理学用語」と「虐殺の文法」。後者はフィクションだけど、どちらも「人間の脳の脆弱性をつくような影響力の大きい言葉」に触れると人は抗えず、システムが駆動してしまう、という点で似ている話じゃないかなと。
2冊連続で読んだのでより強く繋がりを感じてしまっただけかもしれないけど、私はこういう「脳の愛おしいバグ」にまつわる話に興味があるかもしれない。
▼「虐殺器官」いい愛のことばハイライト
ルツィアに長々と語った母親の話を思い出し、ぼくは全身をかきむしる恥の感情に襲われる。あれとて、結局はルツィアに「好きだ」と言っているにすぎなかったのではないだろうか。
神は死んだ。神は死んだ。大いに結構。
ぼくはルツィアに赦してもらえれば、それでいい。









































